一般社団法人 日本在宅看護学会
吉江悟さん
看護師・保健師/一般社団法人Neighborhood Care 代表理事・東京大学高齢社会総合研究機構客員研究員・ビュートゾルフ柏看護師
【PROFILE】
よしえ・さとる
2002年、東京大学医学部健康科学・看護学科(現健康総合科学科)卒業。同年大学院に進学。研究と並行して保健・医療の現場を経験。東京大学高齢社会総合研究機構、同生命・医療倫理教育研究センターなどに勤務しながら、各種プロジェクトメンバーとしても活躍。2015年、一般社団法人Neighborhood Careを設立し、訪問看護事業所「ビュートゾルフ柏」を開設。東京大学高齢社会総合研究機構客員研究員、同大学未来ビジョン研究センター客員研究員、慶應義塾大学医学部医療政策・管理学教室訪問研究員、日本在宅看護学会理事、千葉県看護協会理事、柏市地域支えあい推進員(生活支援コーディネーター)などを務める。
臨床と研究を両立させながら 自らの暮らす地域でチームによる“ご近所ケア”を展開

看護学科を卒業して看護師資格を取得。そのまま大学院に進学してさまざまな調査・研究に携わりながら、都内の保健センターや急性期病院で現場の経験も重ねてきた吉江悟さん。2015年に開業してからも、そのスタイルを維持。「臨床と研究のバランスをとりながら、地域にとって良いと思うことを柔軟に、できる範囲でやっていけるのが理想」と話し、出会った仲間たちとともに新しい拠点づくりを進めている。
利用者の意思決定を研究と実践双方から支援
――たくさんの肩書をお持ちです。まずは現在の立ち位置を教えていただけますか。
吉江 2015年7月に設立した一般社団法人Neighborhood Careの代表理事であり、この法人が運営する訪問看護事業所「ビュートゾルフ柏」の管理者兼看護師でもあります。また、「ビュートゾルフ柏」には住民の通いの場「ご近所カフェみんなのたまり場」も併設しており、実際の運営はボランティアの皆さんにお任せしていますが、主に金銭面のサポートはしています。日本語で「地域看護」や「ご近所ケア」を意味するビュートゾルフは、非営利の地域ケア組織として2006年にオランダでスタートしました。特徴は本人中心のケア、インフォーマルネットワークを意識したケア、階層を排したフラットな組織構造などです。私はこのビュートゾルフのような実践を、自分の住んでいる地域、柏でやってみようと思い開業しました。
一方で、研究者としての顔も持ち続けています。一貫して関心を寄せているのは、「保健医療福祉サービス利用者の意思決定の質を向上させるために保健医療福祉従事者が行う支援のあり方」で、看護学、社会福祉学、医療倫理学、社会科学など複数の学問領域にまたがった活動を続けています。また、医療と介護、病院と在宅、医療者と患者、臨床と研究など特定の立場をつなぐ活動に関心を持っています。私自身、臨床と研究をパラレルに、キャリアを重ねることを目指していて、法人を作ってからはその自由度がより高まりました。1人の看護師として現場で働きながら、一方で広い視野に立って調査研究もする、臨床と研究のバランスをとりながら地域にとって良いと思うことを実践する、こうした状態は私にとって最も心地良いあり方だと思っています。
──生活支援コーディネーターもされていますね。
吉江 2016年5月から、社会福祉協議会からの委嘱を受けて柏市内の一地域(人口約1万5,000人)を担当しています。社協の職員と一緒に活動していると、訪問看護の仕事だけしていたら接点を持ちにくい方々、例えば民生委員や地域の組織の代表者などとの交流も生まれ、地域ケアがより実践しやすくなると感じています。行政保健師による地区活動のような感覚もあって、“保健師魂”をくすぐられる活動でもあります。

卒論から博士課程まで一貫してケアマネジメントを研究
――そもそもなぜ看護の道に進んだのでしょうか。
吉江 何かきっかけがあって看護師になったというより、節目節目で興味のある方向へ進んできたら今に至ったというのが正直なところです。私の母校の東京大学には進学振り分けという制度があり、入学時には大まかな方向性だけ決めておいて、実際に学ぶ学部・学科は3年生になる前に改めて選択します。私の場合は、入学時は工学系を志向していました。それが、1年、2年と学ぶうちにモノよりヒトに興味が出てきて、ヘルスサイエンス方面に方向転換。その後、看護学のコースを選択しました。
初めて看護職として仕事をしたのは、大学院生時代のアルバイトです。生活費を稼ぎながら臨床経験もできて一石二鳥、というような軽い考えでしたが、やってみると思いのほか臨床に興味が出てきました。その時から、研究と臨床の両立が私のテーマになったのです。
――現場の経験はどんなところでされたのですか。
吉江 最初は練馬区保健センターで、乳児から成人までの健診業務を中心に担い、次に虎の門病院で病棟業務を担当しました。両方とも2年半くらい、研究をしながらの勤務でしたが、常勤並みの勤務量をこなしていた時期もありました。
――在宅医療との出会いはその後ということでしょうか。
吉江 臨床としてはそうですね。ただ、大学の卒論のテーマも、大学院時代の研究テーマも「ケアマネジメント」だったので、ケアマネジャーへのインタビューやアンケート調査などは繰り返し行っていました。ですので、在宅医療や在宅ケアの世界には、学部生時代から触れてはいました。興味という意味では、はじめから「在宅」というより「地域」だったと思います。医療のど真ん中よりも、人々の生活や環境、建物や街のつくりなどに関心が向いていました。
――吉江さんがケアマネジメントの研究を始めたのは、ちょうど介護保険制度がスタートした頃ですね。
吉江 介護保険制度ができたことにより、ケアマネジメントの業務が行政保健師からケアマネジャーに移行されましたが、難しいケースについてはまだまだ保健師のバックアップが必要でしたので、そういったいわゆる困難事例に対し、保健師やケアマネジャーがどのように対応しているのかを調べたのです。「モノよりヒトを選んだのだから、ヒトの役に立つ研究をしよう。一番困っていそうなヒトへの支援方法を研究すればヒトの役に立てるだろう」と、20歳そこそこの学生なりに浅はかに考えたような気がします。実際に調査してみると、例えばいわゆるゴミ屋敷と言われるような家に住んでいても本人は何ら困っていない場合もある(困っているのは専門職の側)といった現実を知りました。個人の価値観と社会のバランスをうまく取るのは臨床倫理にも関わることであり、簡単ではありません。簡単ではないからこそ考える意味があるのだと思って今も取り組んでいます。
東京大学・柏プロジェクトに関わる
――柏とのご縁は、いつ、どんなふうにできたのですか。
吉江 2007年度の途中で虎の門病院を辞めて、最初にフルタイムの研究職として働いたのが、現在の東京大学高齢社会総合研究機構(IOG)の前身組織です。私は当時部門長を務めておられた秋山弘子先生のもとで学部横断型教育プログラムの開発などに携わりました。途中、2009年4月から2年間ほど、東京大学医学部附属病院で臨床倫理コンサルテーションの業務に従事したのですが、その間に、IOGに辻哲夫先生が赴任され、超高齢・長寿社会に対応した新たなまちづくりを柏市で推進する「柏プロジェクト」の中で、在宅医療推進の活動が急ピッチに動き始めました。私はその在宅医療のプロジェクト担当としてIOGに出戻り、2011年4月からの約3年間は住まいも柏に移して、柏プロジェクトにどっぷり浸かりました。多職種研修会の企画・運営や情報共有システムの開発などを担当していました。ちなみにその間も、柏市内の訪問看護事業所で週1日兼業をさせてもらい、細々と臨床も続けていました。
――それで柏で開業されたのですね。
吉江 その前にもう1つ、2014年から2015年にかけて、東京大学在宅医療学講座の前身組織の立ち上げを、後にIOG機構長になられた飯島勝矢先生と一緒に担当しました。これと同時進行で個人的に進めていたのがビュートゾルフの研究で、東大の仕事が落ち着いたら、ビュートゾルフに倣った取り組みを始めようと、時々オランダに視察に出かけたりしながら準備していました。そして2015年7月、法人を設立し、地域ケアに取り組み始めたわけです。
――ビュートゾルフの立ち上げメンバーはどんな方々だったのですか。
吉江 病院に勤務していた頃の同僚や研究仲間、大学の後輩など看護師だけ5名でのスタートでした。ビュートゾルフの基本はチーム内のフラットな関係性ですから、介護職など他の職種と一緒のチームを組織するのは、日本の資格体系のもとではすぐには難しいと考えました。また、職位はなく、経験年数や専門性も関係なく全員が同等の立場としています。私は法人の代表で制度上は訪問看護ステーションの管理者ですから、まったく同列とはいかないのが悩ましいのですが、設立から10年経った現在、メンバーが増えたおかげで、できるだけ私の存在感を薄めることができるようになってきています。管理者の仕事をできる限り分散させ、あらゆることをチームミーティングで決めていく手法も定着。週に何日勤務しても、他の事業所と掛け持ちで働いても、チーム内で合意して仕事をしてくれればOKです。日本では珍しい組織のあり方ですが、慣れてしまえば日本の看護師も問題なく順応する印象で、近年の組織運営は比較的安定していると思います。
現在、一般社団法人Neighborhood Careが運営する地域ケアチームとしては、13名の看護師が所属するチーム、市内のサテライトで活動する4名の看護師のチーム、20名程度のリハビリ職のチームがあります。看護方式はプライマリナーシング。提供するサービスは、一般的な訪問看護ステーションと同様です。
全世代をつなぐ新しい拠点をオープン
――現在の最も大きな関心ごとはどんなことでしょう。
吉江 ビュートゾルフ柏は、開設から今まで、民家をお借りして活動してきたのですが、このたび法人の活動の新しい拠点として2階建ての建物を新築していて、新年度にはそこに移転します。この新しい拠点をどんなものにしていくかが、今の私にとっての一番の関心ごとです。従来から併設している「ご近所カフェみんなのたまり場」の継続に加え、すでに、子育て支援を行うNPOによるセミナーやイベント、元教員の方が主宰する団体による小中学生対象の学習支援、理学療法士による整体などの活動が新しい建物の中で展開される予定になっています。また、小さな防音室も完備していますので、楽器の練習の場としても使用できます。
ビュートゾルフ柏をオープンした時から、私たちは「地域住民に生涯を通じて伴走する看護師」を目指していますし、子ども、若者、子育て世代、元気な高齢者、要介護者など、全世代をつなげることが地域ケアにはとても重要だと考えています。訪問看護など制度オリエンテッドなサービスを提供するにとどまらず、遊びのある幅広い支援や場を提供することで地域の全体最適を目指しつつ、人々の人生が豊かになることに貢献できるといいなと思っています。
新しい拠点での取り組みとも関わりますが、場の確保という意味では、生活支援コーディネーターを9年務めてきた中で地域の人々が求める活動や場を見つけたり維持したりすることの難しさを感じ、自らが不動産を取得して、何かしらの活動をしたい人に場所を貸すという取り組みも始めつつあります。
もう1つ、このほど母校の看護学講座の関係者で組織する一般社団法人東大看護学実装普及研究所が設立され、同法人が設置する訪問看護事業所の運営のお手伝いもすることになりました。日本在宅看護学会では広報・政策提言検討理事を務めていますし、千葉県看護協会の理事もしています。さまざまな活動を通して多様な人々との交流も広がっていますので、こうした人脈も生かして、今後も有意義な活動をしていきたいと思っています。
――お忙しい生活の中、趣味はお持ちですか。
吉江 新しい施設に防音室を備えたのは、私がギター、ベース等の楽器を弾きたいからという理由もあります。他には、訪問に使う車をあえてジムニー(オフロード四輪駆動車)にしていて、実用性を保ちつつも時々いじって遊んでいます。ワーカホリックなところがあるので、独立した趣味の時間を確保するというよりは、日々の動線の中に自然と楽しみが組み込まれる形で過ごしています。学会等の出張に子どもを連れて行くのももうお馴染みです。
――最後に、日本在宅ケアアライアンスへのご意見をお願いします。
吉江 現場の仕事をしている立場で今強く感じているのが、専門職が臨床に集中できるようにしてほしいということです。現行の制度下では、マニュアルの作成、研修やカンファレンスの実施など、法人や事業所単位で求められるものも多々あり、これらを各(零細)法人が担うのではなく共同利用できるような中間支援の仕組みが整うと、各事業所や管理者の負担はかなり減ると思います。国主導でやっていただけるのが一番ですが、人材不足が叫ばれる今、日本在宅ケアアライアンスが、専門職の職能が最大限発揮できるような環境づくりに手を貸していただけたらと思います。

取材・文/廣石裕子