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一般社団法人

日本プライマリ・ケア連合学会


大橋博樹さん

日本プライマリ・ケア連合学会 副理事長

 

【PROFILE】

おおはし・ひろき

2000年独協医科大学医学部医学科卒業。武蔵野赤十字病院にて臨床研修修了後、聖マリアンナ医科大学病院総合診療内科入局。同院救命救急センター、筑波大学附属病院総合診療科、亀田総合病院家庭医診療科勤務を経て、川崎市立多摩病院開院準備に参画し、2006年2月の開院より総合診療科医長。2010年4月医療法人社団家族の森多摩ファミリークリニック開業。東京医科歯科大学、聖マリアンナ医科大学で臨床教授も務める。日本プライマリ・ケア連合学会認定家庭医療専門医。


クリニックの愛称は“たまふぁみさん”在宅も得意な地域のかかりつけ医

医師になった当初から家庭医を指向していた大橋博樹さんは、試行錯誤しながらも初志完徹し理想の医療を実践するための多摩ファミリークリニックを2010年4月、川崎市多摩区に開業しました。それから13年、地道に活動しながら着々と仲間を増やし、今では「“たまふぁみさん”に頼めばなんとかしてくれる」と地域の皆に頼られる存在になっています。多摩区限定での在宅医療にも力を注ぎつつ、プライマリケアの普及・啓発、医師の育成にも尽力する日々について聞きました。


総合診療・家庭医療を学んで開業。3世代、4世代と家族丸ごと引き受ける

―お祖父様の影響で医師を目指されたそうですね。

大橋 私の祖父は茨城県の過疎地で診療所をやっていて、外来診療から往診まで何でもこなしていました。その姿を見て「いいなあ」と思いながら育ち、「町医者」「赤ひげ先生」に憧れるようになりました。ただ、日本の医学教育のシステムは、専門医の育成に重点が置かれていて、祖父のような医師になる方法はすぐにはわかりませんでした。それで、とりあえず総合診療に方向性を定めて、聖マリアンナ医科大学病院総合診療内科に入局し、いくつかの病院で働かせていただいて、総合診療や家庭医療を学びました。

 

――総合病院の開設準備にも関わっておられます。

大橋 小田急線登戸駅近く(川崎市多摩区)に、川崎市立多摩病院が開院したのが2006年2月。私はこの病院の総合診療科の立ち上げを任されて、開院後も約4年間勤務しました。その間に感じたのは、この登戸という地域が、学生さんをはじめ若い世代も多い半面、3世代、4世代と続く農家の大家族世帯も多数あり、家庭医療を実践するのに適した場所だということでした。

 開業は2010年。たまたま今の物件に出会ったのがきっかけでした。開業にあたっては、もともと目指していた「家庭医療」をテーマに掲げ、赤ちゃんから高齢者まで、家族全員を診る医療を展開しています。また、医療を通じて地域の課題解決に取り組むことも重視しており、たとえば産後うつや認知症で家に閉じこもりがちな方々にも介入できるように、地域の関係者と一緒にプロジェクトを立ち上げて活動したり、専門職の相談に乗ったりもしています。

 

――在宅医療も課題解決策の1つということでしょうか。

大橋 そうですね。在宅医療に取り組む医療機関は増えてはいますがまだまだ不足していますから、地域の患者さんが安心してご自宅や施設で療養生活が送れるように、多職種チームで、24時間365日体制で取り組んでいます。

 

――在宅医療を利用される患者さんはどんな方々ですか。

大橋 当クリニックで継続的にサポートしている在宅患者さんは230名ほどなのですが、そのうち4分の1くらいは、もともと外来に通院されていた患者さんが在宅に移行したケースです。こういった方々の中には、元気になってまた外来に戻って来られる方もいらっしゃいますので、やはり外来と在宅、どちらも欠かせないと思っています。在宅も含めて3世代で当院を利用されているご家族は100〜150世帯くらい。4世代で利用されているご家族も15世帯ほどあります。そういう意味では、家庭医としてとてもやりがいを感じています。


専門性へのリスペクト、同職種同士のファーストコンタクトがチームづくりのポイント

――開業から13年でそこまで患者さんを集めることができた秘訣は何でしょう。

大橋 開業時は、医師は私1人でしたので、1人でできる範囲、在宅に関して言えば、状態の落ち着いている患者さんをお昼休みに回るところからスタートしました。そのうちに、放っておけない在宅患者さんが多数おられることに気づき、医師を増やしたら、さらに患者さんが増えて、地域の医療機関からも患者さんを紹介されるようになりました。そのうちに専門職の中にも、「あのクリニックは面白そうだ」と思ってくれる人が出てきて、いろいろな職種の人が仲間になってくれて、スタッフも患者さんも自然に増えてきたという感じです。今は常勤医だけで6名います。

 

――訪問範囲もかなり広がったのではないですか。

大橋 それが、実は多摩区(面積約20.5平方キロメートル、人口約22万5,000人)限定なんです。そのかわり区内在住の方ならできる限りお引き受けしています。私たちはよく知り合った仲間同士でチームを組み、さまざまな患者さんの多様なニーズ、より困難なケースにもしっかり対応していきたいと考えているので、それができる範囲として多摩区内にこだわっています。おかげさまで今では「困ったときは“たまふぁみさん”に頼めば何とかしてくれる」と、多くの方々に頼っていただけるようになりました。

 

――“たまふぁみさん”!?

大橋 多摩ファミリークリニックを略して“たまふぁみ”。皆さんそう呼んでくださいます。

 

――“たまふぁみ”のチームづくりのポイントを教えてください。

大橋 一番大事なのは、チームのメンバーの専門性をリスペクトする、その勘所を押さえておくことではないでしょうか。医師が何でもリードするのではなく、このケアについてはこの看護師さんがいちばんくわしいとか、この患者さんの意思決定支援についてはこの職員さんが一番情報を持っているというように、“これについてはこの人”という意識を皆で共有し、任せることで、信頼関係がより深まるように思います。

 

――職種も所属も違う方々とのコミュニケーションのコツは?

大橋 ファーストコンタクトを各職種に任せていることが大きいかもしれません。たとえば当クリニックの在宅部門には看護師が3名いるのですが、彼女らの仕事は訪問看護ではありません。外部の訪問看護師や病院の退院調整看護師からの連絡や相談を最初に受けて、その場で応えたり、必要に応じて私たち医師につないだりしてくれています。対等の立場で共通の言葉で、愚痴の一つも言い合いながら話せるので気持ちが伝わり、やり取りがスムーズなんですね。ソーシャルワーカーも同じで、地域のケアマネジャーや病院のソーシャルワーカーに対応しています。

 薬剤師も同様です。実は副院長が薬剤師で、日常的には外来、訪問ともに全カルテに目を通し、副作用や検査の必要性をチェックするなど私たちの診療を助けてくれているのですが、対外的にも大きな力を発揮してくれています。チェーン薬局も含めて地域の薬局とマメにコンタクトをとって、連携を進めたり、チェーン薬局に勤務する若手の薬剤師を地域の仲間として育てたり。時には薬局の管理職と情報交換して在宅への参入を促したりもしています。

 もう1つ、当クリニックにはオープンスペースがあって、誰もが気軽に立ち寄って相談や打ち合わせができるようになっています。これも多摩区限定の密なコミュニケーションにつながっていますし、OJTの場にもなっています。

副院長で薬剤師の八田重雄さんと一緒に
副院長で薬剤師の八田重雄さんと一緒に

スタッフ総出で新型コロナ患者に対応。東京オリンピックでは聖火ランナーを務める

―― “たまふぁみ”の皆さんは、2020年に始まったコロナ禍でも活躍されました。

大橋 地域に何かあったら全力で対応する。それは新型コロナウイルス感染症の流行に際しても同じでした。地域の皆さんから「“たまふぁみ”ならやってくれる」と期待されていたのもわかっていたので、それに応えたい気持ちもありました。スタッフも、自分たちがやるという意識を強く持ってくれていて、外来では、流行初期の2020年4月に発熱外来を立ち上げ、多くの患者さんを受け入れました。また、要請に応じてコロナ患者さんの往診を行いました。

 最も大変だったのは2021年4月からのいわゆる第5波、デルタ株の流行時でした。若い世代も自宅で重症化して苦しんでいるような状況で、この時ばかりは多摩区限定ではいられず、通常の訪問診療を縮小して対応しました。どうやって時間を捻出し、いつ、どの患者さんのもとへどうやっていくか。ドライバーまで含めて、スタッフ総出で頭をフル回転させて頑張りました。まさに災害時のようでした。

 JHHCAでも提唱されているように、災害時に地域包括ケアをうまく機能させるためには、普段の活動が大事なのだということを実感しました。新型コロナの流行が始まったのが、開業して10年経ち地域連携が軌道に乗っていた時だったからこそ、皆で協力して対応できたのだと、今もときどき振り返っています。

 

――そんな中、東京オリンピックの聖火ランナーを務められました。

大橋 開会式の3週間くらい前だったでしょうか。組織委員会から突然、東京オリンピックに協力してほしいと連絡があり、救護担当か何かだろうと思ってお引き受けしました。しばらくして私の役割が聖火ランナーだとわかった時は恐れ多い気がしましたが、「コロナ対応で尽力したプライマリケア医」としての指名だと言われ、走ることにしました。国内の医療機関で最初のクラスターとなった永寿総合病院の看護部長さんとペアを組み、何度かリハーサルした後に、最終調整でお会いしたのが王貞治氏さん、長嶋茂雄さん、松井秀喜さんという野球界のスーパースターだったのはさらに驚きでした。私たちはこの3名の方々から聖火を受け取ったのです。緊張しすぎてあっという間に終わってしまいました。

 

――すごい経験ですね。反響も大きかったでしょう。

大橋 それが、翌日の診療で、確かに長嶋さんたちの話題では盛り上がったのですが、次のランナーが私だと気づいた人はほとんどいなくて。そんなもんかなと思いながら(笑)通常の診療を行いました。


「Think Globally、Act Locally」で、日本の在宅医療にさらなる発展を

――プライマリケアといえば、大橋さんは日本プライマリ・ケア連合学会の副理事長を務めておられますね。活動状況はいかがでしょうか。

大橋 かかりつけ医の制度化が議論されていることとも関連しますが、近年は、プライマリケアへの理解は、以前よりも深まってきていると思います。ただし、まだまだ啓発が必要な時期であることに変わりありません。市民の皆様に必要とされるためには、プライマリケア医がどんなことをしているのかをしっかりアピールする必要があります。まずは現場での活動を一生懸命にやること。そのうえで知識や技術を共有し、学会として発信していくことも大事だと思います。

 若い世代の医師に、プライマリケアというキャリアを選んでくれる人を増やすことも重要です。今の若い医師たちには、総合診療、家庭医療、在宅医療といったものに興味を持つ人が確実に増えています。しかし、それを教える仕組みが整っていません。身近なかかりつけ医を指向する若者たちがそのまま、なりたい医師像を目指していけるように、私たちが積極的に日々の活動を見せていくことも大事だと考え、研修医の受け入れなども行っています。

 

――JHHCAの役割は何だとお考えですか。

大橋 在宅医療の裾野を広げるためにも、在宅医療がどんなもので、どれほど重要な役割を果たしているかを世代を超えて伝えていくことが求められている今、「在宅医療のよりいっそうの普及・推進・向上」を目指すことを共通点に、22もの団体が結集したというだけで、訴求効果は絶大です。JHHCAに集まっているの在宅医療のレジェンドの先生方や多職種の方々のさまざまな知見を、是非とも広く伝えていっていただきたいと思います。

 「Think Globally、Act Locally」(地球規模で考え、足元から行動せよ)という言葉がありますが、私たち一人ひとりは目の前の地域、目の前の患者さんのために行動します。それと同時に、日本の在宅医療をどうしていくべきかといった大きな議論をJHHCAのような場で徹底的にしていくことも忘れてはいけません。これら両方を大切にしながら、ともに歩んでいけたらと思います。

多摩ファミリークリニック2F のオープンスペース。地域における多職種の交流の場ともなっている
多摩ファミリークリニック2F のオープンスペース。地域における多職種の交流の場ともなっている

取材・文/廣石裕子