第6回 |
一般社団法人
日本在宅ケア学会
黒澤奈美さん ・看護師
日本在宅ケア学会会員
【PROFILE】
くろさわ・なみ
2016年聖路加国際大学(旧聖路加看護大学)卒業。同年看護師資格を取得し、東京大学医学部附属病院に3年間勤務。2019年株式会社日本在宅ケア教育研究所に入職、訪問看護師に。ナースステーション東京文京支店に配属となる。
2016年に看護師資格を取得し、3年間の大学病院勤務を経て、念願の訪問看護師になった。さまざまなリスクを抱えながらも「食べたい」と望む利用者に多職種で介入し、その願いを叶えた経験から食支援について研究。栄養ケア・ステーションにも触れた研究報告はいま、全国の在宅療養者に還元されつつある。
――看護師という職業を選んだ理由から、お聞かせください。
黒澤 実はこれといった理由はないんです。身近に看護師がいたわけでも、家族に看護や介護のエピソードがあったわけでもありません。中学生の時に進路を考える機会があったのですが、人のためになれる職業に就きたいと思い、その時から看護師になりたいと考えていました。通っていた中学校がミッション系で、キリスト教の教えを学んだこと、ハンセン病療養所や資料館を訪問したことなども、いま考えると、療養している方々に対し自分に何ができるのか、考えるきっかけになった気がします。
――ほかの職業に目移りしたことは?
黒澤 まったくありませんでした。そのままの気持ちで高校時代を過ごし、第一志望だった聖路加看護大学(2014年より聖路加国際大学)に進学しました。
――なりたい看護師像のようなものはあったのですか。
黒澤 地域医療に携わる看護師になりたいという明確な目標を最初から思っていました。大学受験の際に提出する志望理由書に「将来は地域で働く看護職たい」とはっきり書いていたくらいです。大学に入ってからも、「地域医療研究会」というサークルに入り、農村医療で知られる長野県佐久市で合宿したり、在宅医療に取り組むクリニックで実習したりと活動的に過ごし、在宅医療や訪問看護への興味は深まるばかりでした。
――大学のカリキュラムに在宅医療に関する科目はありましたか。
黒澤 「地域看護学」という科目が1年生のときからあったと記憶しています。私が入学した2012年はすでに在宅医療が当たり前の時代で、同じように地域医療に関心のある友人たちと、「地域に興味あるよね」「あるある!」なんて会話をしていました。聖路加国際大学の教えである「People-Centered Care(市民が主体となるケア;PCC)」という言葉も自然に受け止めることができましたし、在学中にこの考え方が自分の中に染み込んでいく実感もありました。卒論も、「認知症高齢者の服薬の工夫」をテーマに複数の訪問看護師にインタビューして逐語録としてまとめました。
――卒業後はすぐに在宅の現場に入られたのですか。
黒澤 最初の3年間、東京大学医学部附属病院で仕事をしました。呼吸器内科、アレルギー・リウマチ内科、心療内科、老年病科などの病棟でいろいろな患者さんの看護を経験し、看護師としての土台をつくっていただきました。
――その後、数ある訪問看護事業所の中から、株式会社日本在宅ケア教育研究所を選んだポイントはどんなところだったのでしょう。
黒澤 利用者の皆さんに真摯に向き合って看護を提供している点と、研究にも取り組み、質の高い看護やリハビリテーションを提供しているところに魅力を感じたのが大きかったと思います。
――念願の訪問看護師になって5年目。率直な感想をお願いします。
黒澤 とてもやりがいを感じています。最初は、1人で利用者さんのお宅へ行き、何もできなかったらどうしようという思いがなかなか抜けず、不安でいっぱいでした。その気持ちを職場の先輩に相談したとき、「不安を感じることは悪いことじゃなく、むしろ忘れてはいけない感覚」とアドバイスをいただいて、この言葉が不安を和らげてくれました。それからは、訪問先での出来事や自分のしたこと、考えたことを、逐一、上司や同僚先輩たちに報告し、意見を交わすようになりました。そうやって助けていただきながら、どうにか5年目までやってくることができました。
――特に印象に残っている在宅患者さんとのエピソードをお聞かせください。
黒澤 訪問看護師になって間もなくの頃から長くかかわり、就職後初めて取り組んだ研究のきっかけにもなった患者さんをご紹介したいと思います。
その方は独居の高齢男性で、視力がかなり低下していました。あるときリハビリスタッフが訪問すると倒れておられました。このスタッフが所長に相談したところ、救急要請することに。救急搬送され、緊急入院となりました。入院先でさまざまな検査を受けた結果、嚥下機能が低下していることがわかり、誤嚥のリスクを考慮し経口摂取はしない方が良い、と主治医から説明がありました。
しかしご本人の「食べたい」思いは強く、息子さんも「リスクはあっても、親父が食べたいというならそうしてあげてほしい」というご意見でした。そこで、在宅の主治医、訪問看護師、リハビリスタッフ、ヘルパーの間で情報共有し、退院後は布団やタオルを使って安全な姿勢を保持するなどご自宅でできる工夫をしながら、食べたいという願いに寄り添ったケアを提供しました。人材や資源が限られた中でも、工夫次第でその方が望む生活をつくり出すことができると感じることができた事例でした。
――その経験が研究に結びついたのですね。
黒澤 この方の事例を通して、在宅における食支援の重要性を実感し、訪問看護師と訪問管理栄養士との連携や、訪問栄養食事指導に関する啓発の手法、低栄養予防・改善のための取り組みについて研究したいと思いました。そこで2020~21年、職場の同僚である大城優作業療法士と國分真理子訪問看護師と3人で調査・研究に取り組みました。その成果物として、在宅療養高齢者向けの栄養に関する知識教育のパンフレットを作成しました。低栄養とは何かといった解説や、身近な栄養補助食品の紹介などを盛り込んで、第1版が完成したのが21年3月。その後、第4版まで作りました。
――短期間で3回も改訂を?
黒澤 研究の計画段階で、「パンフレット作成の際は利用者さんやご家族、文京区で訪問栄養食事指導に取り組んでいる管理栄養士の方々の意見をいただきながら内容を修正する」と決めていました。それで第1版を作成後、利用者さんやご家族に内容を説明し意見をいただくとともに、管理栄養士の皆様ともオンラインミーティングを複数回行って専門的な意見やアドバイスを得ました。それらを反映させたのが第2版です。その後も新しい情報を加えたり表現を変えたりしながら改訂を重ねました。
いつものメニューに少し工夫を加えるだけでエネルギーやたんぱく質をアップできる「ちょい足し術」などは、栄養指導のプロならではのワザで、多くの利用者さんが取り入れてくださっています。また、当初からの目的だった、訪問管理栄養士や栄養ケア・ステーションの紹介なども加えたところ、訪問栄養食事指導の活用事例も増えてきています。通常業務をこなしながらの研究でしたが、ケアを提供するだけでなく地域における情報提供者でもありたいと思っていましたので、頑張りました。
――パンフレットはどのように活用されているのでしょう。
黒澤 当社の社員である訪問看護師やリハビリスタッフが食支援をするときに活用しています。その後、大きな展開がありました。パンフレットについて「第27回日本在宅ケア学会学術集会」(22年)で発表したことと、より洗練された一般向けのパンフレットに生まれ変わったことです。一般向け版はアボットジャパン合同会社さんが制作してくださり、全国に配布されているそうです。
やってみたいと思っていた研究ができ、その結果をまとめることができただけでもありがたいのに、立派なパンフレットになって一般の方々に広く還元するところまで結びついたことに感激しています。思いを同じくする同僚や、地域の管理栄養士さん、アボットさんにも感謝の気持ちでいっぱいです。
――その発表のために日本在宅ケア学会に入会されたのですか。
黒澤 そうです。22年、正式に会員になりました。私はもともと聖路加国際大学在学中に、この学会の理事長でもある老年看護学の亀井智子教授のゼミに在籍し、学術集会にはボランティアスタッフとして一度参加したことがあり、この学会とのご縁は以前からありました。亀井先生から「日々の臨床場面でのリサーチクエスチョンをテーマとして研究に取り組み、広く発表することが、結果的にケアの質の向上や利用者さんへのお礼につながる」といったお話を伺い、感銘を受けました。今後もそういった研究ができたらと思っています。
――JHHCA(日本在宅ケアアライアンス)はご存知でしたか。
黒澤 このインタビューのお話をいただくまで存じ上げませんでした。初めてウェブサイトにアクセスした時に、ニューズレター「Nexus-HHC」を読み始めたら興味深い内容ばかりで、一気にバックナンバーをすべて読んでしまいました。
7月の「日本在宅ケア・サミット」にもオンラインで参加させていただきました。特に午後のシンポジウムで、多職種の8名の方々が、ご自身で経験した事例を通し、「その方の思い・願いを叶えるとはどういうことなのか」ということを話しておられたのが印象的でした。
私の活動エリアである東京都文京区は日頃から多職種がよく連携しており、私もいろいろな方と一緒に仕事をしているのですが、各職種の体験や考えをじっくり聞いたことはありませんでした。そういう意味でサミットでの報告は新鮮でしたし、ご本人やご家族の思いを汲み取り、伴走し、ケアを提供するためにはどの職種も欠かせないとあらためて感じました。
――休日はどんなふうに過ごされていますか。
黒澤 山登りが趣味で、身近な低山から日本アルプスまで、友人と一緒にときどき出かけています。夏にはテントを担いで登ることもあります。
テントサイトに登山者が設営した色とりどりのテントが並ぶ光景を上から眺めたり、山の向こうから顔を出す朝日を目で追ったりと、普段見られない景色が素晴らしいです。そして無心になれる。あれこれ考えていても、歩かない限り前に進めませんので、とりあえず足を前に出します。
せっかくの休日になんでこんなことをしているんだろうと思うこともありますが、登りきった時、無事に帰ってきた時の爽快感が忘れられなくてまた行ってしまうんです。これからも体力維持や健康管理に努めて、たくさんの山に登りたいと思います。
――最後に今後の目標をお聞かせください。
黒澤 何か、専門分野を見つけられたらと思っています。訪問看護の先輩たちの中には、緩和ケア病棟に勤務され終末期を専門とされてきた方、超急性期病院で救急医療や集中治療に携わってこられた方など、専門性を発揮されている方が多くいらっしゃいます。私もそうなりたいと思っています。
もちろん、あらゆる方々に対応しながらですが、何かを突き詰めてみたいという気持ちがあります。いまは在宅精神看護、終末期医療、栄養管理などいろいろな分野に興味が広がっているのですが、利用者さんと向き合う中で、いつかテーマが絞れたらと思っています。
取材・文/廣石裕子
一般社団法人 日本在宅ケアアライアンス
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E-mail: zaitaku@jhhca.com
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