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一般社団法人

日本在宅医栄養管理学会


矢治早加さん・管理栄養士

日本在宅栄養管理学会 千葉県支部副支部長

 

【PROFILE】

やじ・さき

2010年3月大妻女子大学家政学部食物学科管理栄養士専攻卒業、管理栄養士資格取得。国家公務員共済組合連合会虎の門病院に3年弱勤務した後、2013年2月医療法人社団明正会に入職し在宅療養者の食支援を開始。2022年在宅栄養専門管理栄養士取得。2024年1月よりフリーランス。2015年日本在宅栄養管理学会入会。2017年より同学会千葉県支部副支部長も務めている。


人々の安心感や幸せをサポートできる管理栄養士でありたい

管理栄養士になって3年が経とうとする頃、勤めていた大病院を辞して在宅医療の世界に飛び込んだ矢治早加さん。職場の多職種チームや地域の先輩管理栄養士などに支えられながら力をつけ、2022年には、全国的にもまだ数少ない在宅栄養専門管理栄養士の資格を取得した(2023年4月現在51名)。日本在宅栄養管理学会役員や一児の母の顔も持ちつつ、2024年1月にはフリーランスとなり、理想の管理栄養士になるべく邁進している。


直感を信じ在宅医療の世界に飛び込む

――管理栄養士としてのキャリアのスタートは大病院だったのですね。

矢治 大学時代にお世話になった教授に「いろいろな経験ができる」と勧められて、虎の門病院(東京都港区、819床)に就職しました。実際に、外来や病棟での栄養指導を通した患者さんとのコミュニケーションや、厨房業務なども含めて管理栄養士の仕事を全般的に経験でき、それが後々在宅患者さんの食支援に取り組むうえでの土台になりました。同じ職場に管理栄養士の先輩が多数おられて、何でも相談できたのも心強かったです。

 

――そのような恵まれた環境を3年弱で去り、在宅訪問管理栄養士になられたのはなぜだったのでしょう。

矢治 時間に追われながら、いわゆるルーチン化した業務をこなす毎日に疑問を持つようになってしまったのです。病名や検査の数値によって渡す資料が決まっていたり、どんな患者さんでも相談時間が30分だったり。自分の未熟さもあって、患者さんへの個別の指導がうまくできず、患者さんは違うのに、私はなぜいつも同じ対応をしているのだろうと悩むようになリ、一度リセットしてみようと病院を退職しました。

 その後のことは何も考えずに辞めたので、再就職先をハローワークで探すところから始めました。そこでたまたま見つけたのが、在宅医療をメインとする医療法人社団明正会だったのです。今から10年以上前のことで、在宅訪問栄養指導というものもそのとき初めて知りました。でも、なぜか直感的にやってみたいと感じて、病院とは全然違う世界に思い切って飛び込んだのでした。

 入職してみると、医師、看護師、医療相談員、医療事務など職種間の距離がとても近くて、1人の患者さんについて皆で考える環境があり、専門的なことは専門職に助言を求めることができました。また、1日何件といったノルマもなく、量より質を重んじる法人の方針によって、患者さんの状態に応じてじっくり取り組むことができたのはありがたかったです。明正会で10年以上仕事が継続できたのも、そういう働きやすい環境があったからだと思っています。

 

――未知の世界に飛び込んで正解でしたね。

矢治 そうですね。ただ、私と入れ替わりで前任者が退職されたのは衝撃でした。私は、訪問活動は未経験でしたから、就職すれば当然、手取り足取り教えていただけるものと信じていたのです。ところが先輩管理栄養士と一緒に働けたのはたった1カ月間で、在宅訪問栄養指導のノウハウはおろか、訪問のイロハもわからないまま1人になってしまい、最初は不安を抱えたまま引き継いだ訪問先を必死で廻りました。それだけに、他の職種に相談しやすい環境には救われました。

 もう1つ、退職された先輩管理栄養士も参加していた地域(当時常駐していた大髙在宅ケアクリニックのある葛飾区)の管理栄養士の連絡会に入ることで同じ職種の人たちと横のつながりができたことが大きな力になりました。同じ目線で一緒に考えることができる仲間の存在によって、多職種連携とはまた違った安心感が得られました。そうやっていろいろな方々に支えていただきながらだんだんこの仕事に慣れていき、新規の介入依頼にも応えられるようになりました。訪問の仕事に慣れた、と思えるようになるまでには2、3年かかったと思います。

嚥下音や嚥下前後の呼吸の音等を聞いて嚥下障害を推定するスクリーニング検査を実施している様子。食事形態などが適切かを推測し、摂食嚥下機能に見合ったより適切な食材や調理方法などを家族や介護者に提案する
嚥下音や嚥下前後の呼吸の音等を聞いて嚥下障害を推定するスクリーニング検査を実施している様子。食事形態などが適切かを推測し、摂食嚥下機能に見合ったより適切な食材や調理方法などを家族や介護者に提案する

その方の食生活を無理に変える必要はない

――管理栄養士の連絡会といえば、矢治さんは日本在宅栄養管理学会(旧全国在宅訪問栄養食事指導研究会、通称訪栄研)でも活発に活動されていますね。

矢治 訪栄研にも地域の連絡会に参加し始めたのとほぼ同時期に入会しました。明正会にいらした先輩管理栄養士が仲良くされていた管理栄養士の方々を通して訪問の仕方、マインドなどたくさんのことを教わったり、人脈を広げさせていただいたりする中で、学会に入る意義を感じたことが入会のきっかけでした。思えば私の管理栄養士人生は、周囲の方に恵まれ、身を任せて、助けられてばかりです。

 

――先輩方から教わったことで特に支えになったことはどんなことですか。

矢治 一番大きいのは、栄養介入したからといって、その方の食生活を無理に変えることはないと思わせていただけたことです。病院勤務時代は、30分間、栄養について指導をすることで何かしら成果を出さなければならないと思って意気込んでいました。その後、管理栄養士の患者さんへの関わり方が、栄養指導から栄養相談に変わっていったという時代の流れももちろんあったのですが、在宅医療に取り組む管理栄養士の皆さんと交流し、助言を受けながら在宅患者さんと触れ合う中で、私がするべきことは指導ではない、寄り添うことなのだと自然に気づかされたのです。


食支援は家族の心の糧にもつながる素敵な仕事

――印象に残っている患者さんとのエピソードを教えてください。

矢治 まだ駆け出しの頃のことです。COPDの80代の男性患者さんが食事が摂れず、日に日に痩せてきているということで、介護者である奥様の依頼で介入しました。私はそのとき、様々な種類の栄養補助食品を次々に提案しました。もちろん、少しでも栄養が摂れるように、良かれと思ってのことでした。しかし、栄養補助食品に対する奥様の理解が進まなかったことや値段の問題などがあり、結果的にはマヨネーズや生クリームなど市販のものを利用して、脂質主体の食事にすることで落ち着きました。その方は1年ほどで亡くなったのですが、弔問に伺ったときに奥様から、「いろいろ提案してくれたけど難しかった。でも、あなたの熱意は伝わってきた」というようなことを言われたのです。肯定的な言葉ではあったのですが、単純には喜べませんでした。管理栄養士として情報を持っているし、栄養的に何が良いかもわかります。でも、それを提案するには相手の様子やタイミングをもっと考えなければいけなかったと深く反省させられました。寄り添うことの大切さを身に染みて感じ、自分のあり方を考え直すきっかけになったケースでした。

 訪問の仕事に慣れてからも、多病の方、摂食・嚥下障害の方、神経難病の方、看取り期の方など病態の理解から苦労するケースに出会うたびに壁を感じ、本当に深い知識と経験を要する世界なのだと痛感することばかりでした。日本摂食嚥下リハビリテーション学会に入会して夢中で勉強したのもこの頃です。先ほど訪問業務に慣れるのに2、3年かかったと申しましたが、楽しいと思えるようになったのは、その方のお好きなものを食べていただくなど、より積極的な関わりができるようになった5年目くらいだったと思います。

 ほんの一例ですが、摂食嚥下機能の低下に伴いムース状・ペースト状のお食事を召し上がっておられたある患者さんには、お誕生日にご本人ご希望の「お寿司」を安全な形状に調整して提供しました。召し上がった際の噛みしめるような表情が今も忘れられません。後日、その方の娘さんから、私がお伝えした調理の工夫の仕方や利用しやすい食材を使って、いろいろなものを作ってあげられて、“やり切った感”を感じていると言っていただけて、本当にうれしかったです。食生活はその方の生きてこられた歴史そのものではないでしょうか。それをサポートする食支援とは、ご本人の栄養や満足感だけでなく、ご家族の心の糧にもつながる、とても素敵な仕事だと感じています。

ある患者の誕生日に提供した「やわらかお寿司」。マグロ・タイ・甘エビにマヨネーズと顆粒だしを加えて包丁でたたき、なめらかに仕上げ、市販の「やわらかしゃり玉」に乗せた。訪問時の調理負担軽減も考慮した一品だ
ある患者の誕生日に提供した「やわらかお寿司」。マグロ・タイ・甘エビにマヨネーズと顆粒だしを加えて包丁でたたき、なめらかに仕上げ、市販の「やわらかしゃり玉」に乗せた。訪問時の調理負担軽減も考慮した一品だ


専門資格取得により仕事への意欲がさらにアップ

――矢治さんがお持ちの「在宅栄養専門管理栄養士」の資格についてご紹介いただけますか。

矢治 在宅医療・ケアを受けておられる方やご家族等をより専門的に支援する管理栄養士で、日本栄養士会と訪栄研の共同認定制度によって認定されています。もともとあった在宅訪問管理栄養士の上位資格として2017年に認定が始まり、私は2022年に取得しました。これからもこの仕事を続けていくためにももっと知識を身につけたいと思ったことが資格取得の主な目的でした。また、研修や試験会場で同じ志を持つ管理栄養士と出会えることも期待していました。日々の業務と勉強を両立させるのは難しいと思ったので、育児休暇中に専門研修を受けたのですが、これが想像以上に大変で、挫折しそうになりながらも頑張って、なんとか合格できたというのが正直なところです。専門資格を取って良かったことは、患者さんやご家族に提供できることの引き出しが確実に増えたことです。また、それまで以上に、しっかり頑張らなければという思いが強くなり、資格が自分を鼓舞してくれているのを感じます。

 

――訪栄研では広報委員をされていますね

矢治 年に1度の学術集会の前に情報発信を行ったりしています。ほかに、2017年より千葉県支部の副支部長を務めており、他県の支部長、副支部長と一緒に各種研修会を企画・運営しています。数年前には訪栄研の会員として、JHHCAの研究事業にも協力させていただきました。JHHCAは在宅医療に取り組む22の団体が結集しているということで、それだけでも素晴らしいと思いますし、予防なども含めて地域に求められることを今後も幅広く展開されていくのだろうと思って注目しています。

 

――最後に、2024年からフリーランスの管理栄養士になられた目的と、今後の目標をお話しください。

矢治 これまで明正会に所属し、在宅の高齢患者さんを対象に充実した活動をさせていただいてきたのですが、勤続10年の節目を迎えて、この状況に甘えているだけではいけないと思うようになったのです。地域には医療やケアを受けておられる高齢者だけでなく、働き盛りの方、お子さん、病気の方、健康な方、多様な方が暮らしておられます。そうしたすべての方々を視野に入れたサポートをしたいと思ったときに、フリーランスとなる選択をしました。現在は明正会での訪問の仕事を非常勤の立場で続けながら、病院と契約して外来での栄養相談なども行っています。さらに、まだ病気にかかったことのない方に予防的な関わりがしたいと思い、ある法人と調整を続けています。栄養管理は誰にとっても必要なことですから、幅広い方々の力になれたらと思います。

 フリーになったもう1つの目的は、娘と過ごす時間を確保することです。朝、保育園に送り出したり帰ってくるときに迎えたり、話し相手になったり。今は仕事のストレスなどもほとんどありませんし、娘の寝顔を見るだけで十分癒されます。これからも気持ちの余裕を持って仕事を続けていきたい。目標は、人々の疑問に的確に応えることで安心感を与え、幸せな生活をサポートできる管理栄養士になることです。壮大な目標ですが、一歩一歩、近づいていけたらと思います。

介護スタッフ向けの調理講習会など地域活動にも熱心に取り組んでいる
介護スタッフ向けの調理講習会など地域活動にも熱心に取り組んでいる

取材・文/廣石裕子